どこまでOK?どこからNG?学級担任にお願いしている読み書きの配慮

小学5年生

漢字が苦手なコースケは、小学5年生になりました。

こんにちは、あさこです。
昨年は、無事に(?)「書字障害」の診断がつき、それによって私の気持ちも少し落ち着きました。

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そして診断後、学校に対して合理的配慮をお願いするかどうかも迷ったのですが、4年生の間は

・漢字が出来てなくても怒らない
・覚えられなくても罰則を与えないで欲しい

という、「心理的配慮」のみをお願いし、5年生でもそれを継続していただくことにしました。

しかし、そう言われてしまうと進級するにあたり、今年の担任の先生がどこからどこまでがOKでなにがNGなのかが分かりにくかったようで、家庭の方針とすり合わせたいとご相談がありました。

そこで私の基準をお伝えしたところ、共感していただいてアッサリと学校でも同じようにしてくださることになったので、今回はその話を詳しく書き留めたいと思います。

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書字の配慮、我が家的OKとNGの境界線

先に注意書きなのですが、これはあくまでも日々の課題やノートなどの提出物の話です。

テストでは字が汚くても先生が読めて正解ならもちろんそのままです!

書き方が雑過ぎる文字はNG

いくらどれだけ字が汚くても、丁寧に書こうと思って書いた汚い字と、最初から丁寧に書く気が無かった汚い字は見れば区別はつくものです。

コースケは、文字をシャシャシャーーッと書く癖があり、その書き方で書いた文字はお世辞にも丁寧に書いたとは言えません。

ハッキリ言って文字に誠意が感じられない。

これは絶対にNGにしています。

それをどこで見分けているかというと、線と線の間で鉛筆の線がほそーーーーくつながっていたり、線の最後にミミズのようなフニャフニャした線が残ってたりするのが一番わかりやすいです。

線の止め、払い、ハネを最初からやる気がない。

そんなものまでOKになんか絶対にしません。

そのため、担任の先生には

雑過ぎて汚い。雑過ぎて読めないと思ったものは容赦なく書き直しさせてください

とお伝え済みです。

パーツの過不足がある文字はNG

パッと見てわからない程度の過不足で、それが何の字がわかる文字へのジャッジは先生の良心にお任せしますが、

明らかに何かが足りないとすぐにわかったり、別の文字になってしまうような過不足(例えば「午」と「牛」、「失」と「矢」など)があったりする場合は迷わずNGでお願いしています。

先ほどの例が一文字でなく、部首やつくりに使われている場合などもです。

「牛」へんなのに「午」で覚えてしまったら、牛へんの文字は全部間違えるようになってしまいます。

そんなことになると後が大変なので、都度都度ご指摘いただくようにしております。

「誤字」ですもんね。笑

読み手に「読む努力」をさせる文字はNG

ひとつめの「雑に書くとNG」と重複する部分もありますが、たとえ本人なりに丁寧に書いたとしても、パーツの過不足がなくても、相手がそれを見てすぐに何の字がわからなかったら、それはNGにしてください、と伝えています。

コースケが書く文字は、ものすごーーーく汚いのですが、不思議なことに私や担任の先生はその字に慣れると読めるようになってしまいます。

そのため、ありがたいことにテストでもなんとなく先生が読み取ってくださることが多いです。(とはいえ、テストはコースケ本人もかなり丁寧に書いているようですが。)

しかし、これに甘えているのではイカン。というのが私の考えです。

なぜなら、

・高校入試や資格試験などの一発モノの試験ではコースケの字に慣れている人が採点してくれることは絶対になく、情けで読み取ろうともしてくれないはず。

・コンピューター採点のモノもあると思うので、コンピューターが認識出来なかったらそこまで…。

・試験での合理的配慮を受けられたら話は変わるかもしれませんが、コースケが確実に配慮を受けられる保証なんてどこにもない。

字が汚すぎて採点できなかった…なんて理由で不合格になるなんてことは絶対に避けなくてはいけないけれど、このままのコースケの文字ならあり得なくはない…汚すぎて。

「自分用のメモじゃない限りは、読み手が読める文字を書く」

ということを意識してほしい、という私の希望からこのようなお願いをしています。

注意する時の言い方はサラッと、軽い感じで

これらの基準は、いわゆる普通の教育を受けている人には当たり前の話でしょう。

しかし、書字に困難を抱えるコースケにとってはこちらの予想以上に負担になるもののようです。

そのため、せめて先生から指摘をされる際、言い方だけは、叱責、イヤミが入った印象にならないように、サラッと軽い感じで言ってください。とお願いをしています。

コースケにも書き直すように言われたら、素直に書き直すこと、と伝えました。

(でも、全然素直じゃないですけどね!家で私が指摘したら、ギャーギャー言うし、癇癪起こすし。私はものすごく労力を使います。)

本人が望む生活を維持するために

書字が難しい場合、NGラインを大幅に緩めるのも一つの手だと思いますし、その子その子によって、当然基準は変わると思います。

そして先生方もきっと親から「何も指摘してくれるな」と言われてしまったら、色々思うことがあってもそうしてくれるでしょう。

ただ、我が家のコースケの場合、現時点では本人がほかの子と同じ生活を望んでいるので、その希望が変わらない間は、家庭で出来る支援をしながら、このままでいこうと考えています。

読みの配慮はお願いしていない

ところで、書字や漢字の覚えに関しては、色々と学校にご相談させてもらっていますが、現状、コースケの読みに関して私はルビなどの配慮はなにもお願いしていません。

それは、コースケが

・読みは苦手であっても視覚認知には問題がなく、障害域ではないと診断されたこと
(=克服の可能性が残っている?+義務教育を終えたら配慮を受けられる可能性が極めて低い)
 
・就学時に散々だったけれど、年を重ねるごとに読めるようになってきているように感じていること
 
・「書けないけれど読める」を目指そうと私と話し、(たぶん)納得していること

などから、まだ伸びる可能性を信じて、現状維持となっています。

 

読みの苦手克服に効果があった…かもしれない「活字慣れ」計画を振り返る
問診では「おそらく読み書き障害だろう」と言われたコースケですが、診断結果は「書字障害」のみでした。これについて、私自身がコースケの読み苦手克服のために取り組んだことの効果かもしれないので、その内容をまとめました。

何が正しいのかはわからない

とはいえ、私もいつも手探りで、上記のことも含めコースケの学校生活への考え方、コースケへの私の接し方がこれで良いのか、何が正しいのかは分かりません。

私は過去にコースケをひどく追い詰めてしまった時期があるので、今後も本人の反応や状態を見ながら適宜対応しようと思います。

また苦しめることがないように。

でも、過干渉、過保護にならないように。

う~ん…これまた境界線が難しいな…。

けど、頑張ります。最後までお読みいただきありがとうございました。

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